Archive for 7月, 2009

「おとなの小論文教室。」読書ログ

土曜日, 7月 25th, 2009

この本を手に取った理由

山田ズーニーが気になっていた

僕は,年明けから取り組んでいた就職活動の中で,姉から山田ズーニーさんの「おとなの進路教室。」というpodcastが参考になる,と勧められ,それを聞きながら就職活動に望んでいた.(おとなの進路教室。は,寿退社した人が復職した人や,会社をやめて起業した人が,山田ズーニーと対談する形のpodcastである.新卒のシュウカツの時に,会社に入ったあと,人は仕事に対してどう考えるかを知れたのは,会社を選ぶ時にとても参考になった)
彼女の発信する情報は,同じ部活の先輩からは聞けない帰宅部の先輩の意見という感じで,視点が斬新だけど的を得ていて,僕はとても面白いと感じていた.そのため,彼女の他の著作を手にとり,面白さの秘訣を知りたいと思った.特に,なぜ彼女はあのように的を得た表現ができるのかについて.そこで,表現することについての著作「おとなの小論文教室.」を手に取った.

表現について考えるところあり

「貧乏はお金持ち」にも書かれていた,今後自分の生活を自分で支えていく必要がある.会社に依存せずに自分の生活を支えるために,自分の価値を高めていく努力が重要だ.自分の価値を高める手段の一つとして,価値ある情報を発信する人として知られることがある.僕はブログという発信する場はあるのに,全然発信してない.価値ある情報のみ発信しようと思っていたが,価値ある情報を発信したいときには表現力がない.表現力を鍛えるためにも,毎日の生活を綴ってみようと考えた.

表現する対象として毎日の生活を選んだ理由は,先週の連休からずっと,僕はだらだらとした毎日を過ごしていたことに起因する.その日々では,まったく自分の望む毎日を過ごせていないと感じていながら,打開策を考えることがなかった.そのうちに,以前読んだ本「禅と内観」に,内観を終えた人は一日の終わりに,今日一日主人公たり得たか,を点検するというのを思い出した.そこで,毎日の生活を振り返る機会を,どうにかして設けようと思い,上の理由とあわせて毎日ブログに日々の生活を残すことにした.

得られたもの

そもそも,僕が何かを表現するっていうことは,僕は誰か,どんな考えを持ってるかということを他者に伝える作業だ.そのために,まず自分の立ち位置(何を得たいか,どこへいきたいか)をはっきりさせることが,表現することの原点にあり,その原点を考えることから本はスタートする.

自分のやりたいことは何か.それが考えられない場合,どうやって考えられるようにするか.(考えるきっかけになる小さな問いをいくつも作る),物事を,権威や見栄に歪まされず,自分の目でありのままに見えているか(ありのままに見えていないとだんだんと自分の感覚が狂ってくる).自分の伝えたいコアは何か(要約することでコアを見つける),伝わらない場合はどういう場合か,どうすればよいか(自分の発信したいことを自分の視点からではなく,他者と自分を含めた全体の関係性から見る),物事に取り組むときはどういう動機によって取り組むべきか(欲から生まれた動機でもかまわない,動機は多い方がよい)

2章は「自分の才能って?」と題されている.内容は,主に自分のやりたいことについて,より突っ込んだ思考をするためのきっかけが書かれている.第1章の内容を,より濃く考えるためのきっかけを提供しているように思う.
自分の才能は何か.才能は他者との関係から生まれるのではないか.表現力は一日にして成らず.表現力は「いま」をとらえるためのもの.「いま」を捉える練習をしろ.無用な気遣いで伝えたいことの本質を失ってないか.

3章の「一人称がいない」は,最近は一人称を抜いて表現することが増え,そのためによくわからない文になっているものが多い,ということを書いている.ただし,それは関係性がうまく掴めていないからではないか?という主張が見える.実をいうと,僕はこの章を把握できていない.

全ての章にいえることだが,考えるきっかけを与える文章が多く,一言で筆者の伝えたいことをまとめるのが難しい.とても乱暴にまとめるなら「おまえら,考えろ!」なのかもしれない.簡単な文章なんだけど,頭にひっかかり,「あれ,なんでだろう」と考えられるようになっている.

普段なら,大まかにでも筆者の言いたいことを理解してから,まとめとして記事を書くのだが,今回はあえて筆者がいいたいことがまだちゃんとわからないうちに書くことにした.なんだかよくわからないものを,自分なりに感じたことを書くことも,筆者のいう「いま」を捉える表現力につながるのではないか,と考えるからだ.「よくわからないけど,僕はいま
この文章をよんでこう感じる,こう考える.」このことを発信するのが,表現力を鍛えるのに重要だと思うようになった.

launchdで毎日同じ時刻にブログ投稿画面を表示させるようにした。

日曜日, 7月 19th, 2009

先の投稿で,日々一定時刻に投稿画面が表示されれば,日々のチェックポイントとしてブログを書くようになるのではないか,と考えた.そこで,OSXとFirefoxを使って,ある時刻にブログの投稿画面が表示されるようにした.

OSXで,ある時刻にアプリケーションを起動させる方法は2種類ある.

  • iCalのアラーム機能を利用する
  • OSXのプロセスを管理しているlaunchdを利用する

今回はlaunchdを利用する.その理由は,iCalのアラーム機能では特定のアプリケーション(FirefoxやSafari)をある時刻に起動することはできるが,そのアプリケーションで開くページやコンテンツを指定できない.正確には,ある時刻にapplescriptを起動させることが可能なので,applescriptの中でfirefoxを起動し,firefoxに対してあるURLを開かせる処理をさせられる.しかし,私の環境(Firefox 3.5 + OSX Leopard)では動作しなかった.

launchdは,UNIXでいうinitプロセスと同等である.UNIXではシステム起動時にinitプロセスを起動し,そのプロセスが各種デーモンの起動終了の面倒を見る.OSXではinitプロセスの代替として,launchdが用意されている.

今回の目的は,ある時刻にFirefoxを起動し,ブログ投稿ページを表示させることだ.そのため,まずFirefoxを起動し,ブログ投稿ページを表示させるスクリプトを用意する.次に,そのスクリプトをある時刻に起動するようlaunchdに設定する.

Firefoxをコマンドから起動させる場合は,Firefox以下Contents/MacOS/firefox-binを叩く.用意したスクリプトは以下.このスクリプトを,/Users/ryan5500/bin/invoke_firefox.shに配置した.一応chmod 755して起動可能な状態にしておく.

[shell]
#!/bin/sh
/Application/Firefox/Contents/MacOS/firefox-bin "http://www.ryan5500.com/post-new/"
[/shell]

次に,launchdに上記スクリプトを起動させるための設定を書く.用意した設定ファイルは以下.これを,~/Library/LaunchAgents/com.ryan5500.blog.checkpoint.startup.plistに配置した.LaunchAgentsというのは,Launchdが起動するがデーモンではなく,各ユーザーのために起動するものだ.すなわち,ryan5500ユーザーがログインしたときしか,下記のスクリプトは有効にならない,ということだ.

[xml]
<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<!DOCTYPE plist PUBLIC "-//Apple Computer//DTD PLIST 1.0//EN"
"http://www.apple.com/DTDs/PropertyList-1.0.dtd">
<plist version="1.0">
<dict>
<key>Label</key>
<string>com.ryan5500.blog.checkpoint.startup</string>
<key>Program</key>
<string>/Users/ryan5500/bin/invoke_firefox.sh</string>
<key>ProgramArguments</key>
<array>
<string></string>
</array>
<key>StartCalendarInterval</key>
<dict>
<key>Hour</key>
<integer>18</integer>
<key>Minute</key>
<integer>10</integer>
</dict>
</dict>
</plist>
[/xml]

この設定ファイルでは,用意したスクリプトを毎日18時10分に起動する.

この設定ファイルを~/Library/LaunchAgents以下に配置したからといって,設定は有効にならない.設定ファイルをlaunchdに読み込ませる処理が必要である.読み込ませるには,以下のコマンドを叩く.

[shell]
$launchctl load ~/Library/LaunchAgents/com.ryan5500.blog.checkpoint.startup.plist
[/shell]

きちんと読み込まれたか確認したい人は,以下のコマンドでcom.ryan5500.blog.checkpoint.startupが表示されるか見れば良い.

[shell]
$launchctl list
[/shell]

以上.これで毎日ブログ投稿画面が表示される環境が整った.ちゃんとブログを書くようになるだろうか.

参考にしたURLを以下に残す.
OSX 10.5 Leopardでcronを使う – 偏った言語信者の垂れ流し

http://d.hatena.ne.jp/nullpobug/20080611/1213196369

Undocumented Mac OS X:第1回 initを置き換えるlaunchd【前編】 (1/3) – ITmedia エンタープライズ

http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0704/26/news009.html

LaunchDaemons (launchctl, launchd.plist) の使い方 – maruko2 Note.

http://www.maruko2.com/mw/LaunchDaemons_%28launchctl,_launchd.plist%29_%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9

「貧乏はお金持ち」読書ログ

日曜日, 7月 19th, 2009

「貧乏はお金持ち」という本を読んだので,ログを残す.

前半,特にまえがきと1章2章あたりの内容がすごく興味深かった。

面白かったのは,自由の定義と,会社と個人の関係性だ.著者によると,自由とは「人生を選択できる経済的な土台」である.自分を養う資力がなければ,資力的にどこかに依存する必要がある.この経済的に支配されてる状態を,一般に「隷属」と呼ぶ.

依存先は,仕事をした対価として資力をくれる会社や,ある年代までは面倒を見てくれる親だったりするわけだ.隷属の状態では,自由な人生を送っているとは言えない.経済的に支配されているため,たとえば会社の仕事をこなさなければならなかったり,親の言うことを最低限守る必要があったりする.と考えると,自由な人生を送るには自分の手で金を稼ぐことが重要だ.

自分の手で稼ぐとはいうが,今の世の中で稼ぐ方法は抽象化すると一つと言う.

「資本を市場に投資し,リスクを取ってリターンを得る」

通常は,人的資本(つまり労働力)を高めることでリターン(お金)を得ている.人的資本を高めるというのは,簡単にいうと高い学歴を持つとか,高いスキルを持つとかそういうことになる.一般的には,若いうちは人的資本で稼ぎ,歳を取れば年金や若いうちに稼いだ資本を運用することで生活する.

そういうわけで,ふつう若い人は人的資本を最大化し,リターンを多く得る戦略を取る.ここで重要なのが,リターン = お金ではなく,その人の精神的な満足度も含まれることにある.なので,就職先に5年間は辛いけど儲かるコンサルを選ぶ人もいるし,農家を継いで父母と暮らす人もいる.

でもここで,論理的に矛盾があるように思った.自由な人生を送るには,自分の手で金を稼ぐと言う.しかし,自分一人で金を生み出すことはできない.上記の例で言うならば,人的資本を市場に投資しリターンとして金を得るのだから,
人的資本を投入する市場に隷属することになる.もっと具体的に言えば,金は,誰かに必要とされるサービスの対価としてもらうものだから,サービスを使ってお金を落としてくれるユーザーに隷属するんじゃないかと思う.

だから,会社に属さず一人で仕事をしたとしても,結局は資力は他者に依存する.そういう意味では,どんなふうにしても,他者に隷属する状態が続き,人は自由ではいられない.なので,著者の言う自由には定義的に無理があるなぁ,と思いました.

でも,その隷属する先が会社一つだと,それがこけたとき危ないのは当然だよね.だから,隷属する先をいくつも用意するとか,他の会社が欲しがってくれるスキルを持つとか,節税のために国家を道具として利用し,生き延びる戦略を持つとか,対策をしておいた方が良いよということでした.その点は非常に同意だし,特に国家を利用するTipsが色々書かれているので,手元に置いておくのは良いかも.

ただ,結局節税は,そもそも収入がある人が如何に利益を多く手にするか,という話なので,収入は頑張って自分で上げて下さい,とのことでした.w

Perlプログラムの最後の1;について

木曜日, 7月 9th, 2009

Perlのプログラムを読んでいると,最後に1;として終わっているプログラムがあることに気づく.これは何だろう,と思いながらCatalystのマニュアルを読んでいたら,その答えが書かれていた.
Note: Be careful to put this code above the 1; at the end of the file. As with any Perl package, we need to end the last line with a statement that evaluates to true. This is customarily done with 1; on a line by itself.

そうだったんだ.